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2026年2月27日公開

カギは「自前主義からの脱却」。北海道新聞社がトランスフォーメーションを図る理由【前編】

深刻な人手不足や産業構造の変化に直面する日本において、中堅・中核企業の成長戦略が問われている。しかし、経営資源に限りがある中堅企業が、既存事業の枠を超えて新規事業に挑戦することは容易ではない。

80年を越える歴史を紡ぎ、道内で圧倒的な知名度と信頼度を誇る北海道新聞社。地域社会の基盤となる報道機関として人々の暮らしを支えてきた一方で、メディアを取り巻く環境は、時代の変化とともに大きく様変わりしている。

新聞事業だけでは生き残ることが難しい時代、いかにビジネスモデルの転換を図り、持続的な成長につなげていけるのか。この問いは、北海道新聞社のみならず、多くの地方新聞社にとって共通の課題といえるだろう。

こうした状況のもと、北海道新聞社は外部企業による伴走支援を受けながら、新規事業立ち上げ、経営の意思決定プロセス改善、さらには長期戦略およびMVV策定など、8年間にわたって大胆なトランスフォーメーションを図ってきた。前編では、取り組みの背景にある思いと試行錯誤の日々に迫る。

激変するメディア業界、問われる新聞社の存在意義

地域社会の変化を最前線で捉え、発信を続けてきた北海道新聞社。1942年の創業以来、地域メディアとして長きにわたり道民から親しまれてきた。

一方、メディア業界を取り巻く環境変化は加速している。

インターネットやSNS、スマートフォンの普及により、報道機関だけでなく個人が発する情報までもが、瞬時に世界中へ拡散される時代が到来した。紙媒体の廃止や電子版への移行が相次ぐ中、新聞の発行部数も減少の一途をたどっている。

1989年、平成の幕開けとともに北海道新聞社に入社し、記者や支社長を経て、現在は新規事業推進部門を管掌する三浦辰治は、こうした時代の変化を次のように語る。

三浦辰治|株式会社北海道新聞社 常務取締役営業統括本部長、デジタル戦略担当

「日本の新聞の発行部数は2001年、広告費はスマートフォンが世に出始めた2007年がピークです。私たちは地方新聞社として長年、地域の情報インフラを担ってきましたが、既存のビジネスモデルだけでは立ち行かなくなることは明白でした。このままでは存在意義がなくなってしまう、新しいことにチャレンジしなければ——。そんな思いで模索を続けていた時期に、北海道共創パートナーズさんとの出会いがありました」

「餅は餅屋」で自前主義を脱却する

北海道共創パートナーズは、北海道経済の活性化を目的として北洋銀行と日本人材機構の共同出資により2017年に設立。現在は、北洋銀行100%子会社として経営や人材に関するコンサルティング事業を展開し、地域企業の伴走支援を行っている。

代表取締役社長の岩崎俊一郎は、監査法人やコンサルティングファームで大手企業のクライアントを担当した後、北海道共創パートナーズの立ち上げに参画。以来、中小企業や中堅企業など、地域の企業の悩みに寄り添い、課題解決に取り組んできた。

北海道新聞社と北海道共創パートナーズの出会いは2018年5月まで遡る。

同年3月、北海道新聞社の企画室内には「新規事業推進チーム」が設置された。当時の社長である広瀬兼三の肝いりで立ち上がったこの部署は、新規事業推進に特化した組織だったが、社内にノウハウがなく、試行錯誤の日々が続いていたという。

そんな時、当時のチームリーダーが、道内のネットワークを活かして見つけたのが北海道共創パートナーズだった。岩崎の目に、当時の北海道新聞社はどのように映っていたのか。

岩崎俊一郎|株式会社北海道共創パートナーズ 代表取締役社長

「地方新聞社の中でも北海道新聞社は規模が大きく、道内で圧倒的な地位を確立していました。それだけに大企業が陥りがちな自前主義が強いのではと思っていたのですが、『餅は餅屋』と外部のリソースを使うことに柔軟な考えを持っていることが印象的でした」

北海道にスタートアップが生まれ育つ土壌をつくりたい

北海道新聞社からの相談内容は、北海道を拠点にスタートアップの発掘・育成を行う新規事業の立ち上げだった。

当時、同社はテクノロジーを軸に事業創出やスタートアップ支援を行う株式会社デジタルガレージと意気投合し、合弁会社を設立するための話し合いを進めていた。両社のベクトルは合っていたが、合弁契約の内容など検討すべきことは山積みで、その相談相手として、北海道共創パートナーズが選ばれたのだ。

新規事業という未知の領域に足を踏み入れることには、少なからず不安が伴うもの。自分たちの判断は本当に正しいのか、想定すべきリスクは全て洗い出せているか——。北海道共創パートナーズは、北海道新聞社が新規事業に懸ける情熱も不安も真正面から受け止め、伴走役としてサポートに尽力した。

その結果、2018年7月、北海道新聞社とデジタルガレージの合弁により株式会社D2 Garageが誕生。同年には、創業期のスタートアップ支援をするアクセラレータープログラム「Open Network Lab HOKKAIDO(Onlab HOKKAIDO)」がスタートした。教育機関や自治体、企業と連携し、北海道から世界に羽ばたくスタートアップを発掘・育成するエコシステムの構築・運営に取り組んでいる。

Onlab HOKKAIDOでは、北海道発のスタートアップや、北海道での起業、事業展開を検討するチームを対象に、5ヶ月間にわたり各分野のスペシャリストによるメンタリングなどのさまざまな支援を提供している。

2018年の第1期から2025年の第8期までの8年間で、Onlab HOKKAIDOはスタートアップ36社を輩出し、このうち約半数の企業が資金調達に成功。D2 Garageを中心に、北海道で新たな事業の芽が生まれ育っていくための土壌が着々と出来上がっている。

専門家の声を道しるべに、進むべき方向を見極める

新規事業立ち上げの相談をきっかけに、北海道新聞社と北海道共創パートナーズは、文字通りパートナーとして二人三脚の日々をスタートさせた。

自らアイデアを練り、新規事業創出に挑む北海道新聞社のメンバーたち。その一方で、道内での圧倒的な知名度と信頼度の高さから、日々多くの企業から提携話が舞い込み「やるべきか、やらないべきか」の判断に追われていた。

北海道共創パートナーズはこうした案件についても良き相談相手となった。話に乗るならばどんな条件を提示し、どんな形で手を組むのがよいのか、ベストな答えを一緒に導き出していく。 「『この新規事業を一緒にやりませんか』『ぜひ提携を検討いただきたい』と北海道新聞社には毎日さばききれないほどのオファーが届くんです。まさに1000本ノック状態(笑)。あらゆる角度から球が飛んで来るなかで、内容を一つひとつ精査して、前向きに検討すべき案件については一緒に道筋を立てていく。それが我々の役目です」

新規事業のタネを探し求めている状況で、チャンスがやって来るのは喜ばしいことだ。だが、そのチャンスを掴み取るには勇気が必要であり、「やらない」という判断を下すこともまた覚悟がいる。だからといって延々と考え続けていては機を逃す。新規事業の難しさについて三浦はこう話す。

「新聞社という完成されたビジネスモデルを長年続けてきただけに、これまでは『一歩踏み出さなくても大丈夫』という気持ちが少なからずあったと思います。端的に言えば、我々は変わることに臆病になっていた。

なかなか動き出せない私たちにとって、外部の専門家はぐいっと背中を押してくれる存在です。その助言は、自分たちが進むべき方向を見極めるための道しるべとなっています」

経営の意思決定プロセスの再構築

北海道新聞社との“1000本ノック”を続ける中で、岩崎はあることに気が付いた。この会社の意思決定プロセスは時代に合っていないのではないか——。

例えば他社からの提携話を受けるべきか、社内で提案された新規事業のアイデアを推し進めるべきか、経営の意思決定が必要なシーンは数えきれないほどある。

だが新市場への参入やM&Aなど、これまでに経験したことのない要素が含まれていると、リスクを過度に考えるあまり話が前に進まなかったり、検討を重ねすぎて判断のスピードが遅くなったりと、さまざまな課題があると岩崎は感じていた。

その状況が続けば「話を上げてもどうせ通らない」と現場の社員が感じ、新規事業も育ちづらくなってしまう。岩崎は伴走する中で感じ取った障壁と向き合い、それらを一つひとつ取り除いていくことに集中した。

「M&Aの検討に時間がかかるのは、そもそも具体的な戦略がなかったから。それならば判断軸をどこに置くのか、会社としての方針を整理しましょうといった形で、経営陣の皆さんと議論しながら必要なものをつくり、あるいは省ける工程を省き、判断スピードを上げることに取り組みました」

こうして意思決定プロセスを見直し、簡略化や効率化を図る一方で、「M&A会議体」や「新規事業評価会議」など新たな枠組みを設けたという。その狙いを岩崎が解説する。

「経営会議や役員会といった定期的に開かれる会議体とは別に、状況に応じて柔軟に議論の場が持てる仕組みにすることで議論の質やスピードが上がると考えました。すぐに効果が出なくても、まずはやってみることが大切。運用してみて、うまくいかなければまた変えればいいのですから。どの場でどんな議論をして、いつまでに何を決めて動き出すのか。ここ5年ほどで意思決定のプロセスがどんどん洗練され、スピードも上がっているのではと感じています」

加えてスタートしたのが、経営層向けの勉強会だ。社内にノウハウがなく判断が難しい案件については、北海道共創パートナーズが基礎知識や進め方をインプットし、適切な経営判断をサポートしている。三浦はその効果を実感しているという。

「新規事業を始めるには投資が必要ですが、そもそも事業としての将来性はどうか、財務状況とのバランスはどうかなど、経営判断をするにはさまざまな材料が必要です。それらの情報を集めてどう整理して意思決定につなげていくのか、思考の枠組みを教えていただき非常に勉強になっています」

守りから攻めへ転じて生まれた社内の変化

“新規事業初心者”として、北海道共創パートナーズの伴走支援のもと一歩ずつ前に進んできた北海道新聞社。社内で起きている変化について、三浦は確かな手応えを感じている。

「『既存の枠組みから外れてはならない』という守りの姿勢から、『世の中の発展や課題解決に貢献するためにできることはどんどんやろう』と攻めの姿勢に変わってきました。やるかやらないかは後でいいから、まずは情報を集めてみよう、可能性を考えてみようとフットワークが軽くなったように思います」

こうした意識の変化は、成果としても表れている。2018年のD2 Garageの設立に続き、2021年には企業と人材をつなぐマッチングサービスを運営する道新インタラクティブ株式会社、2024年にはふるさと納税支援を行う株式会社ファーストリープを設立するなど、北海道新聞社は着々と新規事業にチャレンジし事業領域の拡大を続けている。いずれも北海道共創パートナーズが携わり、そのサポートが大きな推進力となっている。

伴走支援が始まってから現在までに8年の月日が流れ、そのパートナーシップはより強固なものに。良好な関係のもと、2025年に新たに取り組んだのが「北海道新聞社の未来」を描く一大プロジェクトだ。

後編では、両社の新たな挑戦とこれまでの軌跡を振り返る。