現状維持ではなく成長を。
南島酒販が挑む、“日本最南端の日本酒造り”と企業変革【前編】

既存事業は安定しているが、新規事業に踏み出すほどのモチベーションがない。給料は下がっていないものの、差し迫った不満もない――。こうした状況は人口減少に伴う国内市場の縮小を踏まえると成長戦略を描かなければ立ち行かなくなる可能性を孕んでいる。とりわけ、特定の業界・エリアでしっかりと地盤を固めた企業であればあるほど、他人ごとでは済まされないテーマといえるだろう。
沖縄県西原町で酒類の卸売業を営む南島酒販は、1979年の創業以降、泡盛やオリオンビールの販売元として、県内の強固な顧客基盤を築きながら、本土にも着々と販路を拡大してきた中堅企業だ。現在の代表取締役社長は、創業者の二代目にあたる大岩健太郎。2017年から現職に就いた大岩は、新規事業として目下、「日本最南端の日本酒造り」に挑戦している。
日本酒醸造に不利とされる高温多湿の沖縄で、あえて取り組む新プロジェクト。その想いを紐解くと、安定した中堅・中核企業ならではのジレンマが見えてきた。突破口をともに模索し、ブランディング&マーケティング施策でプロジェクトをアクセラレートした、南島酒販と支援機関の協働プログラムの全容を前後編でお届けする。
「変化なき安泰」でいいのか?
2000年ごろから本土への販路開拓を牽引し、南島酒販を「(沖縄の)外から見てきた」大岩健太郎。県内の酒販業界で安定的な顧客シェアを維持し、豊富なラインアップであらゆるオーダーに応えていく「リアクション・ビジネス」が年々高度化する一方で、大岩はかねてよりある疑問を抱えていた。

「『来た球を打つ』ことが基本スタンスの卸売業では、ニーズに敏感に反応する力は磨かれていきます。しかしその一方で、『自らボールを投げる』経験が不足しがちです。その結果、自分たちから仕掛ける力やニーズを先読みする力が育ちにくい側面も出てきます。
正直なところ、このままリアクションを続けるだけでも10、20年先まで同じ給料を払っていくことはおそらくできるでしょう。しかし、国家全体で賃上げを目指していこうという今、それでは不十分です。何より、同じことの繰り返しはおもしろくない。毎日、ゲームでいうステージ1-1をクリアするだけでいいのか。そうした感覚は、私だけでなく社員も薄々感じていたと思います」
そんな折、沖縄で唯一日本酒醸造を認可されていた泰石酒造の事業承継の話が舞い込む。老朽化する製造設備の修復・管理が難しく、後継者の不在も相まって事業継続が危ぶまれていたのだ。
泡盛やオリオンビールに加えて、さとうきびを原料にしたラム酒やさまざまなフルーツ割りの台頭、ウイスキーづくりも盛んになるなど、沖縄産のお酒が多様化する中で、日本酒は南島酒販のラインアップに唯一“欠けていた”存在だった。大岩はこれを、企業として成長するチャンスと捉えて手を挙げた。
「元来、日本酒造りは発酵コントロールの難しさから低温環境での醸造がセオリーです。しかし、技術が進化した最新の製造設備を導入できれば、高温多湿の地域でも安定してつくれるようになります。今は原料となる沖縄産米が足りないため、当面は本土から仕入れて補う予定ですが、将来的には100%沖縄産の米でテロワール(気候や風土)を活かした日本酒をつくりたいと考えています」
2024年2月、南島酒販は泰石酒造の子会社化を発表。沖縄産の日本酒造りに確かな可能性を感じる一方で、課題もまた明確だった。
「我々は『自らボールを投げる』のが得意な企業ではありません。新規事業に踏み出したものの、こと販売戦略の策定においては、検討すべき余地は多分に残されていました」

経営戦略の専門人材は「勝手には育たない」
中堅企業が直面するもうひとつの課題、それは専門人材の不足だ。沖縄エリアの中堅・中核企業支援プラットフォームの運営を手がける、デロイトトーマツ シニアマネージャーの松浦宏樹は、中堅企業における専門人材不足の解決策をこのように語る。

「官民連携における支援において、日本全国で100社ほどの中堅・中核企業を支援してきた中で感じるのは、経営戦略を担う専門部署を設置していない企業が少なくないということです。そうしたケースでは、我々のような存在が数ヶ月〜数年単位で伴走しながら、経営戦略部門の存在意義や効果などを体感していただき、ともに実績をつくることが重要だと考えています。
マーケティングや経営企画、ファイナンスといった領域で、現場レベルの実践を通じてスキルやノウハウに触れてもらうことで、専門人材の育成につながります。また、外部の専門人材を一定期間活用した後、そのまま新たな自社の経営人材として迎え入れる選択肢も生まれています」
沖縄産の日本酒づくりを通じて市場への能動的なアプローチを期していた南島酒販と、今回の需要予測・販売戦略策定支援のプラットフォーム事業がマッチしたのは、2025年8月のこと。販売時期を2027年夏ごろに見据えてプロジェクトを開始した両社だったが、新商品のブランディング検討は早々に軌道修正を迫られることになる。
「中小企業はもともと“コンサル嫌い”なんですよ」と大岩が語るように、変化に不慣れな企業と外部支援機関が協働するのは、決して容易ではない。重要なのは、「同じ船に乗る仲間」としてのリレーション構築だった。そこでまず着手したのが、販売戦略に入る前段階としての土台である。社員のマインドセット、いわば「変化に挑戦するための雰囲気づくり」からプロジェクトはスタートした。
南島酒販とはどのような企業で、強みや課題は何なのか。組織の価値観やアイデンティティを再定義し、全社員でビジョンを共創する。支援機関側もまた、「誰に届けるか」を考える前に「何を届けたいのか」をカタチにする企業ブランディングから伴走することで、まずは信頼関係の構築を目指した。
担当コンサルタントとしてアサインされたデロイトトーマツの小島一郎は、南島酒販のさまざまな部門・世代から約30名の社員が参加するワークショップの主宰を担った。また、以降の伴走支援における強力なパートナーとして招聘したのが、クリエイティブカンパニー・スティーブアスタリスク代表取締役の太田伸志である。その起用について、小島は次のように振り返る。

「南島酒販のブランディングを考えたときに、すぐに思い浮かんだのがスティーブアスタリスクの太田伸志さんでした。デザインと聞くと、ロゴやパッケージ、映像といったクリエイティブ制作を想起されるかもしれませんが、それだけではありません。目的達成に必要なアウトプットを整理した上でロードマップから設計する、いわばプロジェクト全体のプロセスを“デザイン”することを強みとしています。
とりわけ、太田さんが唎酒師(ききざけし)としても活動されるなどお酒に対する造詣が深く、本件に最適なスペシャリストでした」
「ボールを投げられる」企業になるために求められること
企業ブランディングのワークショップ主催実績も豊富な太田は、企業変革の第一歩として「自分たちを客観的に見直す機会」の重要性を指摘する。

「社員は誰しも会社としてのミッションを担っていますが、日々の業務に追われていると、全社的なビジョンが次第に背景化し、自分の立場に偏った主観的な価値観に縛られてしまうケースも少なくありません。ワークショップを通じて、一度自分の立場を離れ、会社全体を見直す機会があれば、他部門や他者の価値観にも関心が湧きやすくなり、相互理解もしやすくなるはずです。こうした『互いの違いを理解した上で、会社としてのミッションに沿って目の前の仕事を整理していく』プロセスこそが、企業ブランディングの第一歩になります」
この言葉に、大岩も深くうなずく。
「顧客に届けたい想いとダイレクトに結びつく個々の主観は非常に大事です。ただ、それぞれの主張をぶつけ合うだけだったり、自己表現が苦手で意見が出にくかったりすると、合意形成はできません。
個々の想いを客観的に整理して、企業としての価値観として見定められれば、それをプロダクトやサービスとしてカタチにできるようになる。『自分の意見を言える組織になる』ためのワークショップになるように、詳細内容を設計しました」
こうして3社が相見え、プロジェクトはいよいよ本格始動する。すぐさまワークショップのコンセプト構想、企画詳細の設計と準備が進み、2025年12月、2日にわたるワークショップが開催された。
企業としての価値観を見定めるためのワークショップ、その内容とは。参加者全員の本音を引き出し、スムーズな合意形成へと導く体験設計をはじめ、当日の模様や社員のリアルな反響など、後編にてプロジェクトの全貌をさらに追う。



