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2026年1月22日公開

地方建設業のあり方を変え、地方から日本を元気にしたい
──加和太建設が挑むグリーンテック事業への参入【前編】

深刻な人手不足や産業構造の変化に直面する日本において、中堅・中核企業の成長戦略が問われている。しかし、経営資源に限りがある中堅企業が、既存事業の枠を超えて新規事業に挑戦することは容易ではない。

静岡県三島市に本社を構える加和太建設は、土木、建築、不動産業のほか、施設運営やコミュニティづくりなど、地域に活気を生み出すべく事業の多角化を進めてきた。

2024年より新たに挑戦しているのが「グリーンテック事業」への参入だ。未知の分野だけに手探り状態からのスタートとなったが、中堅・中核企業支援プラットフォームを通じて出会ったプロフェッショナル人材による伴走支援が、プロジェクトを大きく前進させることとなった。

建設業の枠にとらわれることなく事業の多角化に取り組み、順調に成長を続けてきた地方ゼネコンが、なぜ今新たな領域に挑むのか。前編では、挑戦の始まりを追う。

地域に根付く建設会社として果たすべき使命がある

加和太建設の創業は1946年。静岡県三島市に本社を構え、地方ゼネコンとして数々の土木・建築工事を手がけてきた。また、建設業に加えて不動産業を展開するほか、建設会社とスタートアップの共創を支援する建設DXコミュニティの立ち上げ、道の駅やシェアオフィスの運営など、建設業の枠にとどまらず事業の多角化を進めている。

その根底にあるのは「地方建設業のあり方を変え、地方から日本を元気にしたい」という思いだ。「世界が注目する元気なまちをつくる」というビジョンを掲げ、地域や多様な業界のパートナーと連携し、取り組みの幅を広げている。

2024年6月に完成した加和太建設の新社屋

そんな加和太建設が新たに取り組んでいるのが、環境に配慮した技術を用いて持続可能な社会の実現を目指す「グリーンテック事業」への挑戦だ。

主幹事業である「ものづくり」、施設運営などの「コトづくり」、不動産業を中心とする「まちづくり」、建設DXによる「変革づくり」に続く新たな柱として、代表取締役社長の河田亮一は「持続可能な社会づくり」を打ち出した。その背景について「建設業を営む者として果たすべき使命がある」と河田は語る。

河田亮一|加和太建設株式会社 代表取締役社長

「建築や土木は新しいものを生み出す一方、自然環境を破壊する側面があります。 それを『仕方がない』と割り切るのではなく、環境のために主体的にできることを見つけて取り組んでいかねば、これから先も選ばれ続ける企業であることは難しい。グリーンテック事業といっても何ができるかは未知数でしたが、事業活動を通じて地域の課題を解決したい、建設業のあり方をアップデートしたいという思いがありました」

土木のベテランを新規事業担当者に指名した理由

2015年に代表取締役社長に就任した河田は三代目社長だ。「家業を継ぎたくない」という思いから東京に出て会社員の道を選んだが、ビジネスの面白さが分かるにつれ、経営に携わりたいという気持ちが強くなった。「とはいえ建設業には全く興味がなくて……」と明かすが、親孝行のため三島に戻り加和太建設に入社すると、地方建設業の魅力が見えてきた。

「このまちのために」とまっすぐな思いで地域と向き合う社員たち。その存在が河田の心を動かした。自分もこの会社のために、まちのために力を尽くしたい――。加和太建設の一員として働く中で、社員や経営者仲間など、たくさんの人との出会いに恵まれた。中でもひときわ強い思いを持っていたのが、ベテラン社員の天野謙一郎だった。

1998年に加和太建設に入社した天野は、現場監督の経験を持つ土木のプロ。道路工事や護岸工事をはじめ数多くの現場を率いてきた。その一方で、地域のNPO法人と一緒に環境改善活動に積極的に取り組むなど、環境への意識が高い人物だと河田は評価していた。

「ぜひ彼に任せたい」と、河田はグリーンテック事業の立ち上げメンバーに天野を指名した。25年間にわたり土木一筋だった天野にとって、青天の霹靂だった。 「正直に言って複雑な気持ちでした。新しい事業を立ち上げると言われても、一体何から始めればいいのか。戸惑いながらのスタートでした」

天野謙一郎|加和太建設株式会社 執行役員

こうして2024年6月に「グリーンテック事業準備室」が新設された。メンバーは天野ただ一人。「とにかくやってみよう」と手探りで始めたのが情報収集だ。同じ建設業の会社はどんな取り組みをしているのか、他の業界の動向はどうなっているのか、情報をかき集めて頭に叩き込んでいった。その結果、「脱炭素」「生物多様性」「サーキュラーエコノミー」といった取り組みの軸が見えてきたが、具体的に何ができるのか模索する日々が続いた。

プロフェッショナル人材との出会いが転機に

悩みながらも前に進もうとする天野を見て、河田も動き出していた。新規事業立ち上げの伴走者として、外部の専門家のサポートを受けようと考えたのだ。

「これまで事業の多角化を進めてきましたが、いつも自分たちだけで0から1を生み出してきたわけではなく、その分野に明るい方のご支援をいただいてきました。しかし環境というのは本当に未知の分野で、知見もネットワークも全くなかった。そこで経済産業省の支援事業を通じて専門家を紹介していただくことにしました」

加和太建設は南関東エリアの中堅・中核企業支援プラットフォームに参加しており、支援プログラムを利用して、プロフェッショナル人材とのマッチングを依頼した。これをきっかけに出会ったのが井口敏之だ。

井口はカシオ計算機で新規事業やオープンイノベーションの推進を担当し、グリーンテック領域も経験してきた人物。その知見を活かし、現在は複数の中堅・中小企業の新規事業開発を顧問として支援している。加和太建設の第一印象について井口はこう語る。

「非常に志が高いと感じました。グリーンテック事業は社会のトレンドと合っていますし、河田社長がおっしゃる通り、建設業を営む会社にとって取り組む意義は大きい。ただし理念の追求と経済性の両立は難しい問題です。私は新規事業の立ち上げの難しさも継続することの難しさも経験してきたので、ぜひお役に立てればと思いました」

井口敏之|カシオ計算機株式会社で新規事業創造を担当役員として長く経験したのち、現在は中堅・中小企業の新規事業開発を顧問として支援

自分の足で「声」を集めにいく

加和太建設とのマッチングが成立し、2024年10月から井口の伴走が始まった。

この頃を振り返り「まだ頭の中がぐちゃぐちゃでした」と語る天野。数ヵ月にわたり情報収集を続ける中で世の中のトレンドは掴めてきたが、「これ良いかも」とアイデアが浮かんでは「何か違う」「新しさがない」と打ち消す日々。そんな天野に対して井口がレクチャーしたのが、思考を整理するためのフレームワークだ。

「天野さんは本当によく頑張っていたけれど、『何ができるのか』と目先のことを考えすぎるあまり『何のためにやるのか』『なぜ私たちがやるのか』『どこにチャンスがあるのか』といった本質的な部分がおざなりになっていました。建設業のバリューチェーンの中でどこにどんな課題があるのか、自社の強みを活かしてできることはないか、課題やアイデアを一つずつ洗い出してみましょうと提案しました」

天野と井口は、週に一度のミーティングで進捗確認とフィードバックを重ね、信頼関係を築いていった。井口のアドバイスをもとに、天野は新規事業との向き合い方を改め、思考の整理を始めた。

加えて取り組んだのが、ステークホルダーへのヒアリング調査だ。すでに情報収集を通じてさまざまな企業の取り組み事例は集まっていたが、当事者の声を聞かなければ分からないことがある。

天野は、取引先の事業者や行政に自ら足を運び、困りごとがないか耳を傾け続けた。工事施工業者、解体業者、産業廃棄物処理業者、造園業者、林業会社、さらに行政では土木、建築、水道、都市整備、環境政策などさまざまな分野の担当者の声を拾いに行った。

この取り組みについて井口は、「取引先や関係者とのネットワークは積極的に活用すべき資産であり、ステークホルダーの声を聞くことは事業化の確率を高めることにつながります。『使えるものはどんどん使う』。これが新規事業において大切なことの一つです」と語る。

井口のサポートを受けるようになってから、河田は天野の変化を感じ取っていた。「行ってきます!と張り切って出かけていくその背中が、以前より頼もしくなりましたね。天野に任せてよかったと改めて思いました」。

一筋の光が差し込んできた矢先、新たな壁が立ちはだかる

各方面でヒアリングを重ね、グリーンテック事業として取り組むべきテーマの絞り込みをかけていった天野。その結果、最も優先順位が高いと判断したのが「下水汚泥の活用」だった。下水汚泥とは、下水処理の過程で沈殿やろ過によって取り除かれる泥状の物質のこと。従来は廃棄されることが多かったものの、近年では堆肥化やメタン発酵などさまざまな処理方法を用いて、資源として活用することが期待されている。

天野は、三島市の下水道課にヒアリングを行った際、下水汚泥の処理場が遠方にあるため運搬に多くのコストがかかっていることを知り、利便性の高いエリアでの処理場建設と運営を担えないかと考えた。運搬時間が短縮できれば、CO2排出削減にもつながる。

しかし、天野のアイデアに河田はこう返した。

「汚泥を処理するだけなら専門の事業者に依頼すればいい。その取り組みをなぜ私たちがやるのか、どんな価値を生み出せるのか、もっと考えてみてほしい」。

河田の助言に、天野ははっとした。また目先のことに気を取られ、本質的なことを忘れている――。伴走者である井口からも、天野は同じことを言われ続けていた。「加和太建設がやる意義はどこにあるのか、腹落ちするまでとことん考え抜いてみてほしい」と。

何も分からず情報を求め続けた模索期、アイデアが浮かんでは消えていった混沌期、ヒアリングで新たな情報を得つつも事業化の可能性が見えず苦しんだ低迷期を経て、ようやく一筋の光が差し込んだように思えたが、また新たな壁にぶつかった天野。

一体どうすればいいのか――。頭を抱えた天野だったが、井口のアドバイスをもとに始めた思考の繰り返しが、壁を乗り越える突破口となった。後編では、加和太建設のさらなる挑戦の日々を追う。